11歳の章

 
 俺はそんなに長くは眠らないんだな。

 だから目をさましたらまだ五時前だった、なんてことはしょっちゅうあるわけでさ。

 そういう時俺は、リビングまで下りてって、親父のたばこを一本失敬してくるんだ。

 そしたら二階の自分の部屋に戻って窓を細く開ける。

 顔だけ突き出していっぷくするのさ。

 親父も母親も100パーセント確実に寝てるから絶対バレたりしない。

 緑の透明のライターはゲームボーイの空き箱の中だし、灰皿にしてるイチゴジャムのビンは机の裏に隠してあるし。

 ちょうどいいへっこみがあるんだよ、引き出しの裏っ側にね。

 弟の健次がみつけたんだ。

 ジイちゃんから鉄砲の弾をもらった時にね。

 正確には薬莢って言うんだけど、弟の健次が一年生で俺が二年生になった時にジイちゃんがくれたんだ。

 二人とも小学校にあがった記念だとか、男になるとかなんとか、パパにもママにも内緒だぞって。嬉しかったね、健次も嬉しかったんだと思う。

 だって、一段飛ばしで二階に駆け上がる間、ずっと、奴っこさん、笑いっぱなしでさ、

「兄ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん」

って飛び上がるたんびに俺を呼んだよ。これには参ったね、俺はシィーっ、シィーって何回も口に指を立てなくちゃいけなくてさ、ママにみつかったら取り
上げられるぞって。

 そしたら健次は大丈夫だって言ったね、いい隠し場所があるからって。

 何処だって聞いたら、アイツ、ポイって食べちゃったんだよ。

 でもって、目をパチパチさせながらロボットの真似して回ったりなんかするんだよ。

 俺は腹をかかえて笑ったぜ、そう言う奴なんだよ健次って奴は。

 どういう奴かっていうとね、4歳の時だったな、今でも覚えてるよ。

 親父と母親が下で喧嘩してたんだ、ジイちゃんやバアちゃんのことやなんかで。

 両親は爺婆のことではしょっちゅう喧嘩してた、イヤになるくらいだったよ、まったく。

 それで、あの時もそうだったんだ。

 両親が怒鳴りあってたから、俺は悲しくてベットに寝転がってた。

 下に行きたいのに行けなくてさ、泣いてたんだ。

  まだ小さかったからね、仕方なかったんだよ。

「下に行きたい、下に行きたい、下に行きたい」って、足、バンバンやってジタバタしてたんだ。

 健次は俺のそばで座ってた。

 ちょこんと、足、投げ出して、壁にもたれてさ。

 可愛かったな。

 だいたい健次は男前なんだな、俺はちっともハンサムじゃないけど。

 健次は正真正銘の男前でさ、今流行りの冬ソナのヨン様って言うの、ちょうどあんな感じかな。

 睫毛がやたら長くてさ、けど、さっぱり男前でさ。

 で、健次の奴、俺があんまり泣きやまないもんだから俺の上にポンと足を投げ出したんだ。 お腹の上にだよ、ちゃーんと足二本揃えて、ポンだよ、ポ
ン。

 それでなんと言ったと思う?

 参ったね、イヤー、ホント、今思い出しても健次にはかなわないよな。

 健次の奴、足、投げ出しといて言ったんだよ、

「ほらっ、兄ちゃん、下に行ったよ」

って。

 俺があんまり「下に行きたい」って泣くもんだから

「ほらっ、兄ちゃん、下に行ったよ」

  だってさ。ホント、参ったよな。

 健次にはやられっぱなしだよ。

 さすがに4歳の俺は泣きやんだね。

 だって 「ほらっ、兄ちゃん、下に行ったよ」 だぜ。

 俺は健次の足の下にいるんだもの、泣きやむに決まってるだろう。

 そう言う奴なんだよ、健次って奴は。

 もう死んだんだけどね、弟の健次は。

 7歳8ヶ月でね。

 急性リンパ性白血病って、長い病名だろう。

 一年も入院してさ、今の俺なんかよりゲームボーイが上手くなってさ。

 5年生存率は70パーセントだから大丈夫だって親父は納得してた。

 俺は納得できなかった。

 5年生存率なんてよく分からないよ。

 今でも納得してない。

 現実に健次が死んでから俺は健次には会ってないんだから。

 なのに親父は納得できるんだよな。

 そういう男なんだよ、親父は。

「慎吾にも理解できる時がくる」

 なんて困るよな、よく分からないのに。

 ともかく、健次は宝物の隠し場所なんかを見付けるのは天才的だったんだよ。

 だから灰皿にしてるイチゴジャムのビンは机の裏にあるへっこみに鉄砲の弾と一緒に隠してある。

 アオハタって書いてある白いフタが便利なんだ。

 ネジ式になってて火のついたままの吸い殻をいれてもちゃんと閉めておけば、煙が漏れないで勝手に消えるんだ。

 煙草を吸うようになってからもう一年にもなるのに掃除機をかけに入ってくる母親にもバレてないから臭いも漏れないんだと思う。

 不思議なのは一服するとビンの中が煙で充満するのに次ぎに吸うときには無くなってること。あの煙は何処に消えてしまうんだろう?

 確かに其処に存在していたのに…。


 夏休みなんだよ、今日から。

 もうすぐラジオ体操に行かなくちゃいけない。

 俺は朝ご飯も後回しにして村の集会場に向かった。

 まだ誰の来る気配もない。

 当たり前だよな、集合時間までには一時間以上あるんだから。

 俺は大地の家に廻ることにした。

 大地の奴、ほっといたら今年もラジオ体操に来ないと思うんだ。

 去年もおととしも結局大地は転校してきてまだ一度もラジオ体操に来てない。

 せっかくの休みに早起きなんてできないよ、大地はそう言う。

「なんで毎朝ラジオ体操に行かなくちゃいけないの?」

なんて、大地はそういう奴なんだ。

 俺は教えてやったよ、決まりなんだぜって。

 そしたら大地の奴、

「いつから決まってるの?」

「どうして?」

ってね。

 大地は宿題だって一回もしてきたことがないんだ。

 で、奴っこさん、

「宿題はいつからあるんだろう?」

「どうしてしなくちゃいけないんだろう?」

なんて平然と言ったりするのさ。

 自分自身のためにしなくちゃいけないんだぜって先生に言われたとおりにちゃんと教えてやってるのに、

「僕のためなら、僕は遊ぶのが忙しいのに、宿題は僕のためにならない」

なんて大地は言う。

 先生に叱られるぞって何回教えてやっても「お母さんには怒られない」とか言うんだな。

 で、結局毎日大地は先生に怒られてる。

 それでも大地は宿題をしない。

 モチロン俺はやってるよ。

 学校から帰ったら先に宿題しないと遊びにいっちゃいけないんだ、うちでは。

 うちの母親は大地のとこと違って宿題しないと怒るしね。

だいたい毎日毎日先生に叱られるのなんて、まっぴらごめんだよ。

 ともかく、今年の夏休みは大地をラジオ体操にひっぱってってやろうと決めてたんだ。


 大地の家に着いた俺は背伸びして縁側から中を覗いた。

 大地は家族みんなで一緒に寝ていた。

 五年にもなって変な気がしたけど、大地の家はちっちゃいからこれでいいのかもいれない。

「大地」

 俺は小さな声で言った。

「大地、おい、大地」

「慎吾」

と大地の奴、さっさと起きあがって、縁側まで出てきた。

「何?」

「ラジオ体操に行こうよ」

「ラジオ体操――今から?」
「あたり前だろう」

「うん――眠いから止めとく」

「顔、洗えよ。行こうよ」

「どうして?」

 俺は考えた。どうしてなのか俺に分かるわけないだろう?と思うと俺は少し腹が立った。

 時間潰しみたいにブラプ゛ラ歩いて来たけど、それでも大地の家と俺の家のちょうど中間ぐらいに村の集会場がある。

 だから俺は時間潰しとはいえ、余分に倍も歩いた計算だった。

 だから必死で考えたね。

 今年の夏休みは大地とラジオ体操に行くと勝手に決めたのは間違いがない。

 けどそんな話で大地は納得しない。

 そしたら突然ひらめいたんだ。

 どうして俺が大地をラジオ体操に引っ張っていきたかったのかが。

 だから俺は言った。

「ラジオ体操の後、みんなでサッカーしたりするんだ」

「サッカー?」

「うん。サッカーとか野球、石蹴り、女子が多いと縄跳びとかもあるけど…」

 大地はちょっと考え込んだ。

 だから俺は繰り返した。

「ラジオ体操なんかどっちでもいいんだ。野球やろうよ、野球。大地が来ないと、俺がつまらん」

「ふーん。なら、行くよ―ちょっと待ってて。すぐ着替えるから」

 俺はしてやったりって感じでご機嫌になった。

 大地が出てくるまで俺は庭の狸の頭を撫でてやったり、オバさんの畑を眺めて納得して頷いたりした。


 大地と二人で集会場に着いたけど、まだ誰も来てなかった。

 ひんやりと肌寒くて思わず腕の辺りやなんか擦ってても仕方ないかなって石を拾った。

 地面に直径30pぐらいの丸がうっすらと描いてあった。

 小さい子が来て遊んだ跡らしくて周りの砂を集めた小さなこぶもあった。 

 大地がちょうどこぶの隣に立ってたから、俺はこぶめがけて投球練習を始めた。

 俺は石を拾っては投げて、また拾っては投げた。

 大地は足元に石が飛んできて始めびっくりしてたけど、俺の投げる石がかなりいい線でこぶに当たるから、大地の奴、ちょっと関心した顔して俺のフォ
ームやら見てた。

 そしたら、大地が足を押さえてしゃがみこんだんだ。

 そんなことするつもりはなかったんだ。

 すごく馬鹿みたいだってことは百も承知なんだから。

 ただ、石を大地の足に当てたくなったんだ。

 当てたくなって、当てたんだ。

 この石が当たったら骨が折れるかもしれないと一瞬思った。

 手の中の石はちょっと大きかったから、かなり痛いことは知ってた。

 でもほとんど無意識のうちに投げたんだ。

 大地が歯を食いしばるようにして足を押さえても、その時は何がおこったのか、ちょっと理解できなかったような気がする。

 俺には痛いっていうのが、どういうことなのか、きっとよくは判らないんだ。

 弟の健次が、痛い、痛いって沢山沢山言ったけど、俺は少しも痛くなくて。

 あの時は足を押さえてしゃがみ込んだ大地をテレビのワンシーンを見るみたいな感じで見てた。

 俺は突然泣きじゃくった。

「ごめんな。ごめんな」

 俺は大地に駆け寄って、泣きながら大地に謝った。

「大丈夫?!大丈夫」

「痛くない?!痛くない」

「大丈夫」

 大地は目に一杯涙を溜めてた。

 やたら長い睫毛が濡れて光っている。

 大地は靴と靴下を脱いで具合を確かめた。

 骨は大丈夫みたいでかすり傷に血が滲んでいた。

 俺は泣いた。
 大地に悪いことをした。

 大地は俺に怒っていなかったけど、俺は俺に無性に腹が立った。

 腹が立って腹が立って俺はしばらく泣きやむことができなかった。


 午後は分団水泳だった。

 俺達の学校は全校生徒が三つの地区で三つの分団に分かれている。

 夏休み初日の今日は東地区が学校のプールで泳げることに決まっていた。

 俺は泳ぐのが得意で大好きだ。

 といっても俺達の学校はどいつもこいつも、しょっちゅう近所の川で泳ぐから、みんながみんな泳ぐのが得意で大好きだ。

 都会から引っ越してきた大地だけが少し下手くそだったけど、大地だって大好きなのは同じだ。

 その日の監視員は大地のおじさんと俺の親父と教頭先生だった。

 おじさんは弟の大樹も連れてきていたから、みんなと一緒にプールで泳ぐ。

 親父と教頭はプールサイドで立ち話をしながら、水の検査なんかしている。

 暑くて死にそうな夏だったから俺達は思いっきり泳いだ。

 全校生38人のうち東地区は13人。

 25メートルプールを縦横無尽に泳ぎまくる。

 チビの大樹が結構なスピードで大地を追いかけ回すのには参った。

 六年の女子が「救助犬」とあだ名を付けて「可愛いぃー」「可愛いぃー」を連発した。

 大樹は浮き輪を両脇に抱え込んで、足を猛烈な早さでバタバタさせた。

 俺は大樹に近づいて両手でバシャバシャと水をかけてやった。

 昔健次とよくやった水のかけあいっこだ。

 水をかけたら逃げる。

 逃げながら水をかける。

 たくさんかけられると、目もあいていられないし、悔しい。

 だから健次が悔しがらないように俺はいっつも手加減してた。

 かけすぎて泣かれると困るからだ。

 健次を泣かすと、とりあえず兄貴の俺が怒られるから。

 だから俺は大樹にも手加減しながらバシャバシャやった。

 大樹は嬉しそうに逃げ回った。

 本当に子犬の犬かきみたいだ。

 俺は大樹に近づいた。

 可愛かったから、もっと遊んでやろうと思った。

 俺は大樹の後に回り込んだ。

 大樹は俺より頭一つ低かった。

 俺は大樹の頭に両手を載せた。

 そしたら、手の平にゴボゴボと大きな泡が一杯あたる感触があった。

 大樹の頭が水の中でもがいていた。

 俺は大樹を沈めていた。

 青い青いプールの水で大樹の足がバタバタするのを見たように思った。

 いや、あれは大樹の手だ。

 手が水面をバタバタひっかいたんだ。とても馬鹿げてる。

 そんなことは百も承知だ。

 ほんの冗談で、大樹を沈めてみたくなったんだ。

 沈めて脅かしてみたかった。

 沈めてみたら思ってたのて違って、大樹がもがいて苦しんだ。 

 これ以上沈めてたら駄目だ。

 大樹が死ねかもしれないと一瞬思った。

 大樹は小さくて水の中で上手に息が止められないんだ。

 大樹がガバガバと水を飲んでもがくのが、ちゃんと手の平で判った。

 だって大樹は何とか浮かぼうと必死だったから。

 でもどうしても無意識が沈めたままの両手の力を緩めてはくれなかった。

 その時何がおこっているのか、ちゃんと理解していたような気がする。

 俺は死ぬっていうのがどういうことなのかよく判っている。

 弟の健次がホント馬鹿みたいに簡単に死んだから。

 痛いとか苦しいとかさんざ言ってたけど死ぬときは静かだった。

 ほんの少しだけ時間が止まったような気がしたけど、俺にはなんだかよく理解できなかったけど。

 あんまり大樹が嬉しそうだったから。

 あんまり大樹が嬉しそうにするから、死んだ弟の健次みたいだと思ったりもしてたから。

 俺の中で瞬間の時間が止まって。

「何てことを!」

 俺は大地のおじさんに水の中に突き倒された。

 俺がゴボッと水を飲んで立ち上がると、鬼のような顔のおじさんが大樹を抱いていた。

 大樹はぐったりしていた。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 俺は泣きじゃくった。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 そんなことするつもりはなかった。

 飛び込んできた親父に俺はプールサイドに引きずり揚げられて、拳骨で殴られた。

 俺は崩れてそのままその場にへたり込んだ。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 呟きながら俺は泣き続けた。

 俺は泣きながら教頭が大樹にキスしているのを見ていた。

 多分あれが人工呼吸だ。助けて。お願いです。助けて下さい、神様。殺さないで。死なないで。 弟を―

「わぁーっ」

 どよめきと歓声が上がった。

 おじさんが大樹を抱きしめた。

 大樹は力一杯泣き始めた。

 俺はよろよろと立ち上がると、走って学校から逃げ出した。


 俺はどの道をどうやって走ったのか覚えていない。

 気が付いたらジイちゃんの小屋の二階でうずくまっていた。どのくらいの時間がたったのかも分からなかった。

 少しうとうとと眠ったのかもしれない。

 水泳パンツのまま、膝に顔を埋めていた。

「慎吾」

 大地の優しい声で気が付いた。

 俺は顔を上げて大地の声の方を見た。

 そこに大地が居た。

「ちょっと待ってて」

と大地は何処かへ消えた。

 俺は謝ろうとしたけど喉に引っかかったみたいで上手く言葉にならなかった。

 しばらくしてTシャツを手に大地が戻って来た。

「あっちもこっちも、秘密基地、探してたんだ。そしたら、慎吾のお祖父ちゃんがここだって」

 座ったままの俺はできるだけ時間をかけて大地が持ってきてくれたTシャツを着た。

 大地は黙って俺がぐずぐず着替える様子を見ていた。

 そうやって時間を稼ぎながら俺は頭ん中で大地に話す言葉を必死に探していた。

 語るべきことは山ほどあるのに、話すことは何もないような気がした。

「大樹は大丈夫?」

「うん、大丈夫。元気だよ」

 大地が俺の横に並んで座った。

 俺は無性に煙草が吸いたくなったけどここには無かった。

「うちは、もうずぐ、赤ん坊が生まれるんだ」とりあえず俺は言った。

 他に何も思いつかなかったからだけど。

 本当は母親からまだ誰にも言うなって口止めされてた。

「いつ?」

「クリスマスぐらいかな―妹だよ。弟はもう欲しくないから」

 そう言うと俺は意味もなく泣きたくなった。


「うちじゃぁ、弟の話はタブーなんだ―変だろ?そのくせ母親は毎朝仏壇に線香あげてさ、おはようとか言うんだぞ。けど、健次の事は一言も話しちゃい
けないんだ」

「健次って弟のこと?」

と大地が言った。

 大地の声はいつだって優しい。

「ああ。秘密の隠れ家なんて、健次の手に掛かかったらチチンプイブイって感じだぞ。神社の奥だろ、ゲートボール場の倉庫だろ、橋の下に草むらのハ
ゲた所発見、なんてのも、いつも二人でさ…」

 なのに、健次なんか居なかったみたいだ。

 ベットも机も本も、健次のものはみんなこの小屋に仕舞ってある。

 写真一枚飾ってない。

 まるで健次なんて存在しなかったみたいじゃないか。

 親父も母親も妙に明るくてニコニコしててさ、健次が死んでから喧嘩もしなくなった。

 俺は立ち上がると、壁に並んでかけてある赤と黒のプラスチック製ソリの所へ言った。

「これで競走する。裏山の斜面で。ほら、ここ。欠けてるだろ。負けそうになったからぶつけてやったんだ。健次の奴、ずるい、ずるいって怒ったくせによ、
自分はもっと思いっきりぶつかって来るんだ。ほら、こっち。こいつ、ここ。ひでぇー壊れてんだろ」

 俺は話ながら本気でボロボロ泣き出した。

 どうやったら涙が止められるのかも分かんないし、途中で話を止めることもできなかった。

 大地がそっと俺の肩に手を置いた。

 ベラベラボロボロやってた俺は大地の目を見て黙った。

 濡れて光ってる大地の睫毛がやたら長くて、何度も何度もそう思ったことがあるのに、言葉にして認めようとはしなかった―大地と健次の睫毛はそっくりだ―
っていう事実に今やっと気付いたように感じた。

「その悲しみは救えないよ」

と大地が言った。

 あぁ、大地の声はなんだってこんなに優しいんだろう…。

 俺は大地の腕をつかんだ。

「なぁ、俺はいい子だよな?」

 訴えるように俺は大地の腕を揺すった。

「なぁ、そうだろう?俺はいい子だろ?」